ガンダムSEED(アスキラ)&ガンダムOO(ロク刹)の二次創作小説サイトです。
2009/10/29 (Thu)
恋までの距離 4
「起きて」
光を遮っていたカーテンが開け放たれる。途端に、眩しい朝日が部屋を満たして、浅い眠りの中を彷徨っていたアスランの瞼を刺激した。
「……ん……」
アスランは右腕で目を庇いながら、窓に背を向けるように寝返りを打った。
「キラ……もう少し寝かせて」
昨日は就寝時間が遅かったからと言い訳をして、再び眠りに就こうとすれば、クスクスと笑われた。
「誰と勘違いしてるのかしら、アスラン?」
その声が、その言葉遣いが同居している幼馴染みの少女のものではなくて、アスランの意識は一気に覚醒した。
ガバッと跳ね起きて、辺りを見渡す。が、女性らしい柔らかな色彩で統一された部屋は、どう考えても見慣れた自分のそれではない。
「大丈夫?」
「……ソフィア?」
心配そうに覗き込んだその顔に、アスランは目を見張る。そして、昨夜の記憶を遡った。
昨日は部活の後、ロッカールームでディアッカと口論になって、昂った感情を持て余したまま、キラの待つ家にも帰ることも憚られて、アスランはここに来た。
この部屋の主は、実家に戻る前――一人暮らしをしていた頃に、何度も夜を共にした相手だった。だからと言って、付き合っていたわけではない。割り切った体だけの関係だ。
五つ年上のソフィアとは、『月刊アスリート』の取材で知り合った。
一度関係を持つと恋人面をする女達とは違い、自分に一切干渉しない彼女の存在は、アスランにとって心地良かったのだ。
そうして、アスランは彼女と体を繋げ、自分の過ちを知った。
ソフィアの裸体を目の前にしても、まるで情欲が湧かない。それなのに、以前目にしたキラの裸体が脳裡を過ぎった途端、一気に熱が上がった。
目の前の生身の女性より、記憶の中のキラに欲情して、アスランは初めて自分の気持ちに気付いた。――キラが好きなのだ、と。
後はただソフィアをキラだと思い込めば、行為に没頭できた。
そうして、アスランは久しぶりのセックスに溺れるようにのめり込んだのだった。
アスランはハッと我に返った。
「俺の携帯! 確か、十時にアラームをセットして、」
「あぁ、それなら私が止めたわよ」
「――どうして!?」
事も無げに答えたソフィアに、アスランが詰め寄る。
「あら、いけなかった? あれだけ煩く鳴ってたのに、全然気付きもしないんだもの。疲れてるのかと思って」
アスランは右手で額を覆って、呻いた。
「余計なコトを……っ!」
彼女を責めるのは筋違いだとはわかっていても、そうせずにはいられなかった。
キラには帰りが少し遅くなると言ったが、外泊するとは言っていない。寂しがり屋で怖がりのキラは、きっと心細い思いをしているはずだ。
アスランはサイドテーブルの目覚まし時計を確認した。
(七時十七分……。この時間なら、キラが家を出る前に帰れるかもしれない)
とにかく、急いで帰って誤らなければと、アスランはベッドを降りて、床に散乱した服を掻き集めた。
「帰るの? 朝食、用意したんだけど……」
「あぁ」
「……シャワーくらい、浴びていけばいいのに」
「悪いが、ゆっくりしていられないんだ」
ソフィアの申し出をにべもなく断ったアスランは素早く身繕いをすませる。そして、寝室のドアに手を掛けた瞬間。
「貴方、実家に戻って変わったわ。そんなに子猫ちゃんが大事?」
揶揄いとも嫉妬ともとれない、諦めを含んだ物言いにムッとしながら振り返る。その視線の先で、ベッドに腰を掛けたソフィアは愁いを帯びた笑みを浮かべていた。
「私、先週プロポーズされて、その人と結婚することにしたの」
答えを待たずに続けられた、何の脈絡もない結婚報告は、アスランを苛立たせた。
ソフィアはアスランに何を求めているのか。
大体、自分達は嫉妬や束縛をするような関係ではなかったはずだ。
「そうか、おめでとう」
無情にも、涼しい顔で祝いの言葉を掛けると、ソフィアの顔がクシャリと歪む。
「……だから、もうここには来ないで」
「あぁ、わかった」
震える声で告げるソフィアに、アスランは頷く。
元よりキラへの想いに気づいた今、この部屋には二度と来るつもりとなどない。
アスランは寝室を出て、静かにドアを閉める。ドア越しにソフィアのすすり泣く声が聞こえた。しかし、少しの未練も感じることなく、彼女の部屋を去った。
今、アスランの心を占めるのは、キラのことだけだった。
朝も早い時間のせいか、アスランは通勤ラッシュに巻き込まれる前に自宅に着くことができた。――かなりスピードを出したという自覚もあるし、のろのろと走る車にイラついて何度かクラクションを鳴らした記憶もある。
そして、そのまま施錠もせずに車を飛び出して、玄関に駆け込めば、制服姿のキラに出くわした。
キラへの恋心を自覚したせいか、ドキリと心臓が高鳴る。
「あ、お帰りなさい、お兄ちゃん」
キラが、いつものように笑って迎えてくれるが、アスランはその笑顔を直視できず、後ろ暗い気持ちを隠すように視線を逸らした。
「た、ただいま。……あー、キラ。昨日のことなんだけ」
「僕、今日日直だから急いでるんだ。ごめんね」
アスランの言葉を途中で遮って、申し訳なさそうに謝ると、キラは「いってきます」とアスランの横を通り過ぎて、ドアに向かう。
たったそれだけの行為は、少なからずアスランにショックを与えた。
たとえ急いでいたとしても、キラは他人の話の腰を折るようなことはしない。ましてや、自分と親しい人間ならば、尚のこと。
更には、僅かに感じた違和感――。
それを説明しろと言われると困るが、たぶん、キラを幼い頃から知っているアスランだからこそ気付いた感情の機微に困惑した。
やはり、帰ると約束していながら、外泊したことを怒っているのだろうか。
パタン、とドアの閉まる音で我に返ったアスランは、キラの後を追って、玄関のドアを開けた。
「キラッ!」
近所の迷惑も顧みず、大声でキラを呼び止める。
振り向いたキラが、邪気のない、キョトンとした顔でアスランを見上げる。
「なぁに?」
あれ? とアスランは首を捻った。
先ほどの違和感は、まったくと言っていいほど感じない。
「お兄ちゃーん」
キラが微動だにしなくなったアスランの顔の前で手を振る。心配そうに顔を覗き込み、眉根を寄せるキラは、アスランの良く知る彼女だった。
だから、アスランはその違和感を『勘違い』だと決め付けた。
「いや、なんでもないよ。いってらっしゃい、キラ」
「うん、いってきまぁす」
元気良く駆け出したキラの背中を苦笑しながら見送って、アスランは家に入る。そして、午後からの講義に向けて、もう少し眠ろうと欠伸を噛み殺し、私室のベッドにダイブした。
その日の夕方、普段どおりの時刻で部活を終えて帰宅したアスランは家の異変に気付いた。いつも明かりが漏れているはずの家は真っ暗だった。
(キラ、まだ帰ってないのか?)
不審に思いながら、玄関のドアを開けて中を窺う。しんと静まり返った家には、蛇口から水が滴る落ちる音さえも聞こえない。
アスランは少し寂しさを覚えながら、リビングに入った。
リビングの入り口で、トレーニングウェアの入ったスポーツバッグを手放すと、重力に従って、ドサリと落ちた。アスランは練習で疲れた体をソファに投げ出して、深いため息をつく。
今朝はアスランの気が動転していたせいで、昨夜のことをキラに謝るタイミングを逃してしまった。
「帰ってきたら、ちゃんと謝らないとな」
そして、キラに『好きだ』と伝えなければ……。
ポツリと呟いたそのとき、玄関の外が俄かに騒がしくなった。
キラが帰ってきたらしい。だが、彼女の声に混じって、他の――しかも、男の声が聞こえる。
アスランは玄関に向かった。
玄関のドアノブが回って、キラが入ってきた瞬間、アスランは息を呑んだ。
キラは男に横抱きにされて、帰ってきたのだ。
顔を真っ赤にして、胸にカバンを抱えたキラの右足首には、白い包帯が巻かれている。
「――ハイ、ネ…先輩……?」
アスランが呟くと、男はキラを上がり框に丁寧に座らせながら、ニッと笑った。
「よぉ、アスラン。久しぶり」
二週間ぶりに会うハイネは、いつもと変わらない口調で話し掛けてくるが、アスランの頭は混乱していた。
なぜ、彼がここにいるのか。
なぜ、キラを送ってきたのか。
足首の包帯と関係があることだけはわかるが、本当にそれだけの理由なのか。
そして、何より彼に抱き上げられて、頬を染めていたキラの様が気に掛かる。
「あの……どうして、キラを……?」
すると、ハイネは途端に教師の顔になった。
「いや、キラが部活中に俺とぶつかって、倒れた拍子に足を捻ったんだ」
アスランはハイネが『キラ』と呼んだことに、顔を強張らせた。いくら憧れの相手だとは言え、もう呼び捨てするのを許すほど、キラはハイネに心を許しているのかと、苦いものが込み上げる。
「先生のせいじゃないです! 僕も、考え事しながら走ってたから」
慌てた口調でそう言ったキラの頭を、ハイネは宥めるようにポンポンと優しく叩いた。
ハイネを庇うようなキラの態度や、親しげな微笑を洩らすハイネが癪に障る。
「医者の診断では、軽い捻挫らしいが、一応、保護者にも挨拶をと思ってね」
「そう、ですか……。わざわざ、ありがとうございます。でも、生憎両親は不在で」
アスランは抑揚のない声で告げた。そうしなければ、滲み出そうになる悪感情を堪えられそうになかった。
「そうだよな」
長い付き合いのおかげで、ハイネはアスランの家族構成や家庭環境を知りすぎている。きっと、アスランの顔を見た時点で空振りに終わることは予想していただろう。
「両親には俺から伝えておきますので」
「よろしく頼むな」
アスランが頷くと、ハイネは安堵の表情を浮かべ、次の瞬間にはアスランの見慣れた顔に戻った。
「でも、キラのご両親が海外に赴任してることは聞いてたけど、まさか、お前んちに居候してたとはな」
ハイネはアスランとキラを見比べて、意味ありげな笑みを零したが、アスランが答えるより先にキラの足下にしゃがみ込んだ。
「とりあえず、明日からの練習は中止、な」
「え……でも」
「軽い捻挫だからって無理したら、直りが遅くなる。それに、癖になったら困るだろう?」
ハイネは幼子を言い聞かせるような穏やかな口調で諭し、キラも彼の言葉に素直に頷く。アスランはそんな二人を冷ややかに見下ろしていた。
胸の内に巣食う、モヤモヤとした苛立ちは明らかに嫉妬だ。
「あの、見学には行ってもいいです、よね……?」
「まぁ、それくらいならな。でも、練習には参加させないぞ?」
「はい、わかってます」
ハイネから了承の返事を貰って、嬉しそうにはにかむキラに、アスランは言いようのない胸騒ぎを覚えた。つい最近まで、その場所でそうやってキラにその顔を向けられたのは、自分だけだったはずだ。
ハイネはキラの頭を軽く撫でてから、アスランに向き直った。
「それじゃあ、俺は帰るから」
「はい、ご迷惑をお掛けしました」
「キラもまた明日な」
「さようなら、ハイネ先生」
片手を挙げたハイネを見送ると、玄関は静寂に包まれた。何とも言えない気まずい雰囲気が流れて、アスランは居た堪れない気分になった。
そのうち、キラは無言で靴を脱ぎ、壁を支えに立ち上がろうとする。
「キラ、大丈夫か?」
アスランの伸ばした手が、キラに触れる直前――。
パシッ、と叩き落された。
「――え……?」
思いがけず、振り払われた自分の手を眺めて、アスランは呆然とした。
「あ……ごめん…さい」
キラも自分の取った行動に驚きを隠せない様子で、両手で口元を覆って戦慄いた。
(――俺はキラに拒絶された…のか?)
目の前が真っ白になり、耳鳴りが聞こえ、キラが何か言っているのに聞き取れない。グルグルと視界が回り始めて、立っているのがやっとだった。
やがて、白かった視界に色が戻ってきた頃、アスランは気遣わしげな視線を向けているキラに気付いた。
「あの……僕、手伝ってもらわなくても大丈夫だから。ハイネ先生がね、ちょっと大袈裟なだけなの」
「そ…か……」
苦しい言い訳にしか聞こえなくても、今のアスランにはそれを追求する気さえ起きない。それどころか、キラに拒絶された現実を直視したくなくて、必要以上に明るく振舞った。
「夕飯はどうする? その足じゃ、大変だろう。今日は俺が、」
「ううん、いらない。ハイネ先生に奢ってもらったから……」
申し訳なさそうに告げられて、アスランはギリッと奥歯を噛み締め、俯いた。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、それがままならないもどかしさ。
こんなにもキラとの距離を感じるのは、初めてだった。
(――俺を拒否したくせに、ハイネ先輩のことは受け入れるのか……っ!)
他の誰かにキラの隣を奪われるかもしれないという焦燥は、凶暴な感情に摩り替わる。
他人に奪われるくらいなら、いっそのこと、この手で――。
追い立てられる焦りの中で、アスランは一つの決断を下した。
血が滲むほど拳を握り締め、顔を上げる。
「お、兄ちゃん……?」
恐怖で青褪めるキラの様子に小気味良ささえ感じながら、アスランは口端を吊り上げた。
『アスラン×オリキャラ』の表現があります。
苦手な方はご注意ください。
苦手な方はご注意ください。
恋までの距離 4
「起きて」
光を遮っていたカーテンが開け放たれる。途端に、眩しい朝日が部屋を満たして、浅い眠りの中を彷徨っていたアスランの瞼を刺激した。
「……ん……」
アスランは右腕で目を庇いながら、窓に背を向けるように寝返りを打った。
「キラ……もう少し寝かせて」
昨日は就寝時間が遅かったからと言い訳をして、再び眠りに就こうとすれば、クスクスと笑われた。
「誰と勘違いしてるのかしら、アスラン?」
その声が、その言葉遣いが同居している幼馴染みの少女のものではなくて、アスランの意識は一気に覚醒した。
ガバッと跳ね起きて、辺りを見渡す。が、女性らしい柔らかな色彩で統一された部屋は、どう考えても見慣れた自分のそれではない。
「大丈夫?」
「……ソフィア?」
心配そうに覗き込んだその顔に、アスランは目を見張る。そして、昨夜の記憶を遡った。
昨日は部活の後、ロッカールームでディアッカと口論になって、昂った感情を持て余したまま、キラの待つ家にも帰ることも憚られて、アスランはここに来た。
この部屋の主は、実家に戻る前――一人暮らしをしていた頃に、何度も夜を共にした相手だった。だからと言って、付き合っていたわけではない。割り切った体だけの関係だ。
五つ年上のソフィアとは、『月刊アスリート』の取材で知り合った。
一度関係を持つと恋人面をする女達とは違い、自分に一切干渉しない彼女の存在は、アスランにとって心地良かったのだ。
そうして、アスランは彼女と体を繋げ、自分の過ちを知った。
ソフィアの裸体を目の前にしても、まるで情欲が湧かない。それなのに、以前目にしたキラの裸体が脳裡を過ぎった途端、一気に熱が上がった。
目の前の生身の女性より、記憶の中のキラに欲情して、アスランは初めて自分の気持ちに気付いた。――キラが好きなのだ、と。
後はただソフィアをキラだと思い込めば、行為に没頭できた。
そうして、アスランは久しぶりのセックスに溺れるようにのめり込んだのだった。
アスランはハッと我に返った。
「俺の携帯! 確か、十時にアラームをセットして、」
「あぁ、それなら私が止めたわよ」
「――どうして!?」
事も無げに答えたソフィアに、アスランが詰め寄る。
「あら、いけなかった? あれだけ煩く鳴ってたのに、全然気付きもしないんだもの。疲れてるのかと思って」
アスランは右手で額を覆って、呻いた。
「余計なコトを……っ!」
彼女を責めるのは筋違いだとはわかっていても、そうせずにはいられなかった。
キラには帰りが少し遅くなると言ったが、外泊するとは言っていない。寂しがり屋で怖がりのキラは、きっと心細い思いをしているはずだ。
アスランはサイドテーブルの目覚まし時計を確認した。
(七時十七分……。この時間なら、キラが家を出る前に帰れるかもしれない)
とにかく、急いで帰って誤らなければと、アスランはベッドを降りて、床に散乱した服を掻き集めた。
「帰るの? 朝食、用意したんだけど……」
「あぁ」
「……シャワーくらい、浴びていけばいいのに」
「悪いが、ゆっくりしていられないんだ」
ソフィアの申し出をにべもなく断ったアスランは素早く身繕いをすませる。そして、寝室のドアに手を掛けた瞬間。
「貴方、実家に戻って変わったわ。そんなに子猫ちゃんが大事?」
揶揄いとも嫉妬ともとれない、諦めを含んだ物言いにムッとしながら振り返る。その視線の先で、ベッドに腰を掛けたソフィアは愁いを帯びた笑みを浮かべていた。
「私、先週プロポーズされて、その人と結婚することにしたの」
答えを待たずに続けられた、何の脈絡もない結婚報告は、アスランを苛立たせた。
ソフィアはアスランに何を求めているのか。
大体、自分達は嫉妬や束縛をするような関係ではなかったはずだ。
「そうか、おめでとう」
無情にも、涼しい顔で祝いの言葉を掛けると、ソフィアの顔がクシャリと歪む。
「……だから、もうここには来ないで」
「あぁ、わかった」
震える声で告げるソフィアに、アスランは頷く。
元よりキラへの想いに気づいた今、この部屋には二度と来るつもりとなどない。
アスランは寝室を出て、静かにドアを閉める。ドア越しにソフィアのすすり泣く声が聞こえた。しかし、少しの未練も感じることなく、彼女の部屋を去った。
今、アスランの心を占めるのは、キラのことだけだった。
朝も早い時間のせいか、アスランは通勤ラッシュに巻き込まれる前に自宅に着くことができた。――かなりスピードを出したという自覚もあるし、のろのろと走る車にイラついて何度かクラクションを鳴らした記憶もある。
そして、そのまま施錠もせずに車を飛び出して、玄関に駆け込めば、制服姿のキラに出くわした。
キラへの恋心を自覚したせいか、ドキリと心臓が高鳴る。
「あ、お帰りなさい、お兄ちゃん」
キラが、いつものように笑って迎えてくれるが、アスランはその笑顔を直視できず、後ろ暗い気持ちを隠すように視線を逸らした。
「た、ただいま。……あー、キラ。昨日のことなんだけ」
「僕、今日日直だから急いでるんだ。ごめんね」
アスランの言葉を途中で遮って、申し訳なさそうに謝ると、キラは「いってきます」とアスランの横を通り過ぎて、ドアに向かう。
たったそれだけの行為は、少なからずアスランにショックを与えた。
たとえ急いでいたとしても、キラは他人の話の腰を折るようなことはしない。ましてや、自分と親しい人間ならば、尚のこと。
更には、僅かに感じた違和感――。
それを説明しろと言われると困るが、たぶん、キラを幼い頃から知っているアスランだからこそ気付いた感情の機微に困惑した。
やはり、帰ると約束していながら、外泊したことを怒っているのだろうか。
パタン、とドアの閉まる音で我に返ったアスランは、キラの後を追って、玄関のドアを開けた。
「キラッ!」
近所の迷惑も顧みず、大声でキラを呼び止める。
振り向いたキラが、邪気のない、キョトンとした顔でアスランを見上げる。
「なぁに?」
あれ? とアスランは首を捻った。
先ほどの違和感は、まったくと言っていいほど感じない。
「お兄ちゃーん」
キラが微動だにしなくなったアスランの顔の前で手を振る。心配そうに顔を覗き込み、眉根を寄せるキラは、アスランの良く知る彼女だった。
だから、アスランはその違和感を『勘違い』だと決め付けた。
「いや、なんでもないよ。いってらっしゃい、キラ」
「うん、いってきまぁす」
元気良く駆け出したキラの背中を苦笑しながら見送って、アスランは家に入る。そして、午後からの講義に向けて、もう少し眠ろうと欠伸を噛み殺し、私室のベッドにダイブした。
その日の夕方、普段どおりの時刻で部活を終えて帰宅したアスランは家の異変に気付いた。いつも明かりが漏れているはずの家は真っ暗だった。
(キラ、まだ帰ってないのか?)
不審に思いながら、玄関のドアを開けて中を窺う。しんと静まり返った家には、蛇口から水が滴る落ちる音さえも聞こえない。
アスランは少し寂しさを覚えながら、リビングに入った。
リビングの入り口で、トレーニングウェアの入ったスポーツバッグを手放すと、重力に従って、ドサリと落ちた。アスランは練習で疲れた体をソファに投げ出して、深いため息をつく。
今朝はアスランの気が動転していたせいで、昨夜のことをキラに謝るタイミングを逃してしまった。
「帰ってきたら、ちゃんと謝らないとな」
そして、キラに『好きだ』と伝えなければ……。
ポツリと呟いたそのとき、玄関の外が俄かに騒がしくなった。
キラが帰ってきたらしい。だが、彼女の声に混じって、他の――しかも、男の声が聞こえる。
アスランは玄関に向かった。
玄関のドアノブが回って、キラが入ってきた瞬間、アスランは息を呑んだ。
キラは男に横抱きにされて、帰ってきたのだ。
顔を真っ赤にして、胸にカバンを抱えたキラの右足首には、白い包帯が巻かれている。
「――ハイ、ネ…先輩……?」
アスランが呟くと、男はキラを上がり框に丁寧に座らせながら、ニッと笑った。
「よぉ、アスラン。久しぶり」
二週間ぶりに会うハイネは、いつもと変わらない口調で話し掛けてくるが、アスランの頭は混乱していた。
なぜ、彼がここにいるのか。
なぜ、キラを送ってきたのか。
足首の包帯と関係があることだけはわかるが、本当にそれだけの理由なのか。
そして、何より彼に抱き上げられて、頬を染めていたキラの様が気に掛かる。
「あの……どうして、キラを……?」
すると、ハイネは途端に教師の顔になった。
「いや、キラが部活中に俺とぶつかって、倒れた拍子に足を捻ったんだ」
アスランはハイネが『キラ』と呼んだことに、顔を強張らせた。いくら憧れの相手だとは言え、もう呼び捨てするのを許すほど、キラはハイネに心を許しているのかと、苦いものが込み上げる。
「先生のせいじゃないです! 僕も、考え事しながら走ってたから」
慌てた口調でそう言ったキラの頭を、ハイネは宥めるようにポンポンと優しく叩いた。
ハイネを庇うようなキラの態度や、親しげな微笑を洩らすハイネが癪に障る。
「医者の診断では、軽い捻挫らしいが、一応、保護者にも挨拶をと思ってね」
「そう、ですか……。わざわざ、ありがとうございます。でも、生憎両親は不在で」
アスランは抑揚のない声で告げた。そうしなければ、滲み出そうになる悪感情を堪えられそうになかった。
「そうだよな」
長い付き合いのおかげで、ハイネはアスランの家族構成や家庭環境を知りすぎている。きっと、アスランの顔を見た時点で空振りに終わることは予想していただろう。
「両親には俺から伝えておきますので」
「よろしく頼むな」
アスランが頷くと、ハイネは安堵の表情を浮かべ、次の瞬間にはアスランの見慣れた顔に戻った。
「でも、キラのご両親が海外に赴任してることは聞いてたけど、まさか、お前んちに居候してたとはな」
ハイネはアスランとキラを見比べて、意味ありげな笑みを零したが、アスランが答えるより先にキラの足下にしゃがみ込んだ。
「とりあえず、明日からの練習は中止、な」
「え……でも」
「軽い捻挫だからって無理したら、直りが遅くなる。それに、癖になったら困るだろう?」
ハイネは幼子を言い聞かせるような穏やかな口調で諭し、キラも彼の言葉に素直に頷く。アスランはそんな二人を冷ややかに見下ろしていた。
胸の内に巣食う、モヤモヤとした苛立ちは明らかに嫉妬だ。
「あの、見学には行ってもいいです、よね……?」
「まぁ、それくらいならな。でも、練習には参加させないぞ?」
「はい、わかってます」
ハイネから了承の返事を貰って、嬉しそうにはにかむキラに、アスランは言いようのない胸騒ぎを覚えた。つい最近まで、その場所でそうやってキラにその顔を向けられたのは、自分だけだったはずだ。
ハイネはキラの頭を軽く撫でてから、アスランに向き直った。
「それじゃあ、俺は帰るから」
「はい、ご迷惑をお掛けしました」
「キラもまた明日な」
「さようなら、ハイネ先生」
片手を挙げたハイネを見送ると、玄関は静寂に包まれた。何とも言えない気まずい雰囲気が流れて、アスランは居た堪れない気分になった。
そのうち、キラは無言で靴を脱ぎ、壁を支えに立ち上がろうとする。
「キラ、大丈夫か?」
アスランの伸ばした手が、キラに触れる直前――。
パシッ、と叩き落された。
「――え……?」
思いがけず、振り払われた自分の手を眺めて、アスランは呆然とした。
「あ……ごめん…さい」
キラも自分の取った行動に驚きを隠せない様子で、両手で口元を覆って戦慄いた。
(――俺はキラに拒絶された…のか?)
目の前が真っ白になり、耳鳴りが聞こえ、キラが何か言っているのに聞き取れない。グルグルと視界が回り始めて、立っているのがやっとだった。
やがて、白かった視界に色が戻ってきた頃、アスランは気遣わしげな視線を向けているキラに気付いた。
「あの……僕、手伝ってもらわなくても大丈夫だから。ハイネ先生がね、ちょっと大袈裟なだけなの」
「そ…か……」
苦しい言い訳にしか聞こえなくても、今のアスランにはそれを追求する気さえ起きない。それどころか、キラに拒絶された現実を直視したくなくて、必要以上に明るく振舞った。
「夕飯はどうする? その足じゃ、大変だろう。今日は俺が、」
「ううん、いらない。ハイネ先生に奢ってもらったから……」
申し訳なさそうに告げられて、アスランはギリッと奥歯を噛み締め、俯いた。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、それがままならないもどかしさ。
こんなにもキラとの距離を感じるのは、初めてだった。
(――俺を拒否したくせに、ハイネ先輩のことは受け入れるのか……っ!)
他の誰かにキラの隣を奪われるかもしれないという焦燥は、凶暴な感情に摩り替わる。
他人に奪われるくらいなら、いっそのこと、この手で――。
追い立てられる焦りの中で、アスランは一つの決断を下した。
血が滲むほど拳を握り締め、顔を上げる。
「お、兄ちゃん……?」
恐怖で青褪めるキラの様子に小気味良ささえ感じながら、アスランは口端を吊り上げた。
PR
この記事にコメントする
■ カレンダー ■
■ カウンター ■
■ 最新記事 ■
■ カテゴリー ■
■ リンク ■
■ 最新コメント ■
[12/15 うさチ]
■ 最新トラックバック ■
■ プロフィール ■
HN:
神里 美羽
性別:
女性
趣味:
読書・カラオケ・妄想
自己紹介:
日々、アスキラとロク刹の妄想に精を出す腐女子です。
ロク刹は年の差カッポー好きの神里のツボを激しく突きまくりで、最早、瀕死状態。
アスキラはキラが可愛ければ何でもオッケーで、アスランはそんなキラを甘やかしてればいいと思います。
そんな私ですが、末永くお付き合いください。
ロク刹は年の差カッポー好きの神里のツボを激しく突きまくりで、最早、瀕死状態。
アスキラはキラが可愛ければ何でもオッケーで、アスランはそんなキラを甘やかしてればいいと思います。
そんな私ですが、末永くお付き合いください。
■ ブログ内検索 ■
■ P R ■
Designed by TKTK
PHOTO by Metera