ガンダムSEED(アスキラ)&ガンダムOO(ロク刹)の二次創作小説サイトです。
2009/10/29 (Thu)
Eternal Snow 4
「アスラン様、ヤマト家のご令嬢がお見えになりました」
執事長のアデスが、アスランの耳元で待ち人の来訪を告げた。
アスランはわかったと小さく頷いて、彼に持っていたグラスを手渡す。「申し訳ない」と断りを入れ、容姿と家柄にしか興味のない醜い女達の輪から抜け出すと、途端に背後から不満の声が上がった。
アスランは歪みそうになる顔を引き締めた。
これから、キラに会うというのに、不快な表情を見せるわけにはいかない。
――今日、アスランはキラに想いを告げると決心していたから。
玄関ホールへと足早に進みながら、簡単に身なりを整えて、深呼吸をした。
角を曲がると、吹き抜けの天井に豪奢なシャンデリアが吊るされたその場所に、アスランの待ち焦がれた人の姿があった。
ちょうど、脱いだ白いロングコートとバッグを使用人に手渡すその後ろ姿に声を掛ける。
「キラ……っ!!」
ようこそ、と続くはずだった言葉は、思いがけず、アスランの口から出ることはなかった。アスランは、振り向いたキラに目を奪われたのだ。
Aラインの、踝まで隠れてしまうビスチェタイプのロングドレスは淡いピンク色で、キラの白い肌にとても良く映えていた。胸元には華美ではない刺繍とピンクダイヤが散りばめられている。
首から下げられた真珠のネックレスも、清楚なキラには似合っていた。
美しい女神を髣髴とさせるその姿に、アスランは言葉を忘れた。
キラはアスランの姿を目にすると、グロスを塗った艶やかな唇が笑みを刻む。
「今日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
スカートの両端を掴み、軽く膝を折ってお辞儀をするキラを、アスランは呆然と眺めた。
「あの、アスラン……?」
キラは放心状態のアスランを不安そうに見上げ、首を傾げる。
「……これ、やっぱり似合わない、かな?」
その呟きで、アスランはハッと我に返った。
「ごめん、そんなことないよ。すごく似合ってる。キラが綺麗すぎて、その……つい、見蕩れた」
こんなときに『似合っている』とか『綺麗だ』とか、ありきたりな賛辞しか出てこない自分が歯痒い。
もっと気の利いた科白の一言でも言えないのかと腹が立ったが、「ありがとう」とキラが恥ずかしそうに笑みを浮かべるのを見てしまったら、もうどうでもよくなった。
きっと、どんなに美辞麗句を並べても、彼女の前では霞んでしまうだろう。
「それでは、キラ。会場までご案内します」
少しおどけたように言って、左手を差し出せば、キラもくすくすと笑いながら、肘の上まである白いレースの手袋に包まれた右手を重ねてきた。
初めて触れる、小さくて柔らかなキラの手。
手の平に伝わるその感触とぬくもりに、アスランの鼓動は高鳴った。
アプリリウス市のザラ家の別邸内にあるパーティホールは、大人数が収容できるスペースを確保しているが、今日は親族や親しい知人、友人だけを集めたパーティなので、会場内はそれほど混雑していない。そのせいか、普段では見せることのない優しい笑みを浮かべたアスランと、その彼にエスコートされた清楚な美少女の姿に会場内がざわめいた。
その瞬間、ピクッとキラの肩が震え、紫水晶の瞳が不安に揺れる。
アスランは大丈夫、とキラを宥めながら、会場内に両親の姿を探す。その姿は、意外にもあっさりと見つかった。
両親の許へキラをエスコートする途中、あちらこちらでキラの身分を詮索する声が聞こえ、アスランは嫌悪感に小さく舌打ちした。隣を歩くキラの、すっかり萎縮して俯く姿が痛々しくて、ほんの少し握る手に力を込めれば、俯いていた顔がアスランを見上げ、目を見開く。
少しでも安心させてあげたくて、震えるキラを守ってあげたくて、にっこりと微笑むと、キラは安堵したようにほぅっとため息をついた。
「父上、母上」
友人達に囲まれて、談笑していた両親を人垣の外から呼ぶ。
「あら、アスラン」
母・レノアの声を合図に人垣が割れ、モーセの十戒の名場面のように道ができた。
アスランはキラを連れて、両親に近寄った。
「ご紹介します。俺のルームメイトの妹君で、『オーブ・オリエンタル・リゾート』社長令嬢のキラ・ヤマトさんです」
周囲からどよめきが起こる。
ホテル王と名高いハルマ・ヤマトが、十六歳の誕生日まで公にすることがなかった至宝の存在。
名前や姿は知らなくても、その効果は絶大だった。
「はじめまして、キラ・ヤマトです。このたびはご招待いただきまして、ありがとうございます」
キラがアスランに挨拶したときと同じようにお辞儀をする間、レノアは「あらあら」と何度も口にした。レノアの隣に立つ父・パトリックも目を丸くしたものの、次の瞬間には脂が下がり、相好を崩した。
(……まるで変態親父のようですよ、父上)
パトリックの反応を見たアスランは、忌々しげに眉を顰めた。
パトリックがずっと娘を欲しがっていたことをアスランもレノアも知っていた。――それも、天使のように愛らしい娘だ。
しかし、レノアはアスランを産んだ後、子宮内膜症が悪化し、二人目を身篭ることが不可能だった。それに、例えレノア似の女の子が産まれたとしても、将来的には可愛らしさからは程遠くなることは決っている。
そこで、彼はアスランの妻になる相手にその条件を求めた。
そして、最初に白羽の矢が立ったのが、『ラクス・クライン』だった。――ただし、彼女の場合、外見上は天使だとしても、性格は悪魔だった。
その後、ラクス・クラインとも婚約話はアスランとの性格不一致で流れたが、今、パトリックの目の前にいる少女は、容姿も性格も家柄もパトリックの条件にぴったりと当て嵌まるのだ。
想いも伝えていない今、余計なことをして欲しくない、というのがアスランの心境だった。
「まぁ、カリダの旦那さんが目に入れても痛くないと言っていた娘さんね」
「母をご存知なんですか?」
「えぇ。カリダは私の親友ですもの。もっとも、高校を卒業してからは、お互いに忙しくて会う暇もなかったけれど。カリダは元気?」
「はい、無駄に元気です」
和やかなムードが漂う中、パトリックの一言がアスランを凍りつかせた。
「可愛らしいお嬢さんじゃないか。お前の恋人かな?」
来た、と思った。
アスランは期待に満ちた目で自分を見つめる両親から視線を逸らしながら、否定の言葉を口にしようとしたそのとき。
「え…ち、違います!」
キラに思いきり否定された。アスランは元より、両親もがっくりと項垂れる。
(そんなに力一杯、否定しなくても……)
両親の、非難するような視線を浴びて、アスランは居た堪れなくなった。
誰にも恥じる事のない自慢できる関係になりたい、とアスランこそが声高に叫びたいのに。
「アスラン、逃がしちゃ駄目よ」
「……はい」
ぼそりと呟かれた母の言葉にアスランは覇気のない返事をして、キラを連れて逃げるようにその場を離れた。
両親の攻撃をかわしたアスランは、次なる魔の手に戦慄した。
「キラッ」
前方から向かってくる三つの影がアスランとキラを見つけて、足早に近付いてきた。
「ラクス!」
アスラン以外の知り合いを見つけたせいか、キラに笑顔が戻る。
女の子らしく、両手を取り合って喜びを表現する二人にアスランはため息をついた。
「羨ましい――って顔してるぜ」
「ラクスに嫉妬するのは狭量すぎますよ、アスラン。相手は女の子なんですから」
「……ラスティ、ニコル」
わかっている。が、ラクスのように気軽に手を繋げないことが、かえってアスランの焦燥感を煽る。
「ま、お前は感情表現が苦手だし、姫はそういうのに鈍感っぽいし?」
「――ヒメ?」
誰のことだとラスティに問えば、ニコルがにこやかに答えた。
「キラさんのことですよ。なんか、キラさんってお姫様みたいじゃないですか」
ラスティが自分のネーミングセンスを自慢する傍らで、それを褒めるニコルの姿を眺めながら、アスランは意図せず周囲の人間を惹き付けるキラに益々焦りを感じていた。
知らずに顔を歪ませていたのだろう。アスランはラクスの声で我に返った。
「まぁまぁ、眉間に皺が寄っていますわよ、アスラン」
ふと顔を上げると、先ほどまでキラと談笑していたはずの、ピンクの髪を結い上げた少女の姿があった。――キラは現在、ニコル達と談笑している。
ミントグリーンのロングドレスはマーメードラインで、彼女のスタイルのよさを引き立たせてはいたが、キラを見たときほどの感動はなかった。
「……ラクス、貴女にはしてやられましたよ。彼女と知り合いどころか、ルームメイトだったとは」
やっと再会したキラが、ラクスのルームメイトだと知ったときの悔しさは半端ではなかった。少しくらい恨みがましい口調になってしまうのも仕方ない。
「あら、貴方達の再会をドラマティックに演出しただけですわ。だって『運命の人』なのでしょう、キラは?」
まだ覚えていたのか、とアスランは苦笑した。
あのとき、中々情報を教えてくれないラクスを執拗に問い詰めていたアスランは、なぜ、そんなに知りたいのか、と逆に問われ、思わず『彼女は俺の運命の人だからです』と口走ってしまった。
本音ではあるのだが、今思えば恥ずかしい発言だ。
「私、申しましたわ。『運命の相手ならば、再び出逢えるでしょう』と。そして、その通りになった。だから、お二人は運命の糸で結ばれていらっしゃいます」
「……ラクス、」
勇気を出して、と励まされて、感謝の言葉を口にしようとしたその瞬間、次に発したラクスの言葉がアスランを愕然とさせた。
「キラがどこの馬の骨とも知れない男性に攫われるのは、私、我慢なりませんの。そんな男性より、貴方のほうがまだマシかと思いまして」
あぁ、やはりラクスはラクスだった。
一瞬でも彼女の行動に良心があると思ってしまった自分を、アスランは呪いたくなった。
「頑張ってくださいませね、アスラン」
弾んだ声でそう言って、首を傾げるその姿を、他の誰かが可愛いと言っても、アスランだけは悪魔の化身としか思えない。
きっと、これからも遊ばれ続ける運命を悟ったアスランだった。
アスランは、焦っていた。
三人の悪友に邪魔されて、キラと二人きりになるチャンスがない。
キラの門限が十時だというから、アレの予定時間を九時に設定したというのに、無情にも時だけが流れていく。
そして、ついには我慢しきれなくなって、キラの腕を掴んだ。
「キラ、ちょっと来て」
「え、アスランッ。ちょっと――!?」
手にしていたグラスをラスティに押し付け、はやし立てる三人の声を無視して、アスランは強引にキラを会場から連れ出した。
足早に廊下を横切り、階段を上る。
キラはアスランの後ろを、小走りで付いてきた。
「アスラン、どこ行くの?」
「うん、ちょっと……」
アスランはパーティホールとは反対になる東側の角部屋のドアを開けて、キラを中に招き入れた。
「ここ……?」
「ここは、俺の部屋だよ」
無駄な飾りのない、落ち着いた基調の室内をぐるりと見渡すキラのあどけない表情に笑みを零して、アスランは徐に自分が羽織っていたタキシードの上着を彼女の肩に掛けた。
「キラ、こっちへ」
手を引いて月も星もない暗い夜空の広がるバルコニーへと誘い出し、ズボンのポケットにしまった懐中時計で時間を確認した。
「アスラン、何を……?」
「ごめんね、キラ。あと少しだけ待って」
進む秒針を見つめ、アスランはただ一人、カウントダウンした。
あと二十秒……十五秒……十秒……。
五……四……三……二……一……。
パッと光が灯る。
中央にあるもみの木を中心に、青白い電飾が庭全体に広がった。
花壇や生垣はもちろん、背の高い木々にも光のシャワーが流れ落ちる。
「わぁっ、すごーいっ」
身を乗り出して、庭を見下ろすキラの瞳が、光に反射してきらきらと輝く。その横顔を見ながら、アスランはキラの左手を握った。
「アスラン……?」
キラが振り返って、アスランを不思議そうに見上げた。
「キラに伝えたいことがあるんだ」
キラがコクンと頷く。
手に滲む汗が、アスランの緊張の度合いを表していた。
キラに会って、アスランの中の女性像が変わった。
もっとたくさん話がしたいと、キラをずっと探していた。
外見と肩書きにしか興味を示さない女性達を、あんなに軽蔑していたのが嘘のように、キラにはそんな気持ちさえ湧き上がらなかった。
もっとキラのことを知りたいと思った。
どうして、こんなにもキラのことが気になるんだろうと思っていた疑問は、キラと再会して、初めてわかった。
アスランは深く息を吸い込む。
「キラが好きだ」
伝えたいこと、伝えたい想いは、ただその一言に集約した。
どんなに言葉を飾っても、きっとキラを愛しいと思うこの気持ちは伝わらないと思ったから。
キラがヒュッと息を呑んで、目を丸くした。
みるみる潤んでいく紫水晶の瞳を、アスランはじっと見つめた。
「……も」
「ん?」
キラの眦から、涙が零れ落ちた。
「僕もアスランが……好き」
震える声で告げられて、アスランは思わずキラを抱き締めた。
「キラッ!」
アスランの腕の中でキラが嗚咽を上げる。
アスランはキラの顔を上げさせると濡れた頬を指で拭い、眦に唇を寄せて、溜まった涙を吸い取った。
「キラ……」
そうして、顔中にキスを落として、最後にキラの唇に口づけた。
その柔らかい感触に、アスランは陶酔した。
すると、不意に火照った頬に何かが触れて、アスランは唇を離した。
「……雪?」
手の平を広げれば、舞い落ちた雪の結晶が溶けて消える。
暫らくそれを眺めていたら、キラがくすくすと笑った。
「僕達、雪に縁があるみたいだね」
初めて出逢ったのは、雪の降る庭園だった。
再会したその日も、降り積もる雪を車窓から眺めた。
そして、今日も……。
「そうだね」
しんしんと舞い散る雪が、イルミネーションの青白い光に溶けて、幻想的な風景を醸し出す。
その光景を嬉しそうに見つめるキラの横顔に、アスランは見惚れた。
「キラ……キス、したい」
つい、そんな科白が飛び出して、アスラン自身が驚愕する。
アスランを振り仰いだキラも真っ赤になって、目を見開いて。
そして、小さく頷いてくれた。
幸せすぎて、怖い。
ずいぶん前に「この幸せを分けてあげたいよ」と誰かが言っていたけれど、これほどの幸せを他人に味わわせるなんて絶対に嫌だとアスランは思った。
アスランは細腰を抱き寄せる。キラがアスランの胸元に手を添えて、シャツをキュッと握り締めた。ゆっくりと顔を寄せると、キラは静かに瞼を閉じた。
小さく震える睫が、愛おしかった。
アスランは口元に笑みを刻み、万感の想いを込めて、再び唇を重ねた。
――ずっとずっと、好きだよ。
これほどまでにパーティが待ち遠しいなんて、初めてだった。
いつものように群がる女性達を笑顔でかわして、何度も会場と玄関ホールを行き来した。
忘れてしまったのか、とか、時間を言い間違えたかもしれない、と心配になる。
彼女の到着を待つ間、ずっと期待と不安で心が押し潰されそうで。
(――ああ、俺はこんなにも君に夢中なんだ……)
そんな自分に苦笑した。
いつものように群がる女性達を笑顔でかわして、何度も会場と玄関ホールを行き来した。
忘れてしまったのか、とか、時間を言い間違えたかもしれない、と心配になる。
彼女の到着を待つ間、ずっと期待と不安で心が押し潰されそうで。
(――ああ、俺はこんなにも君に夢中なんだ……)
そんな自分に苦笑した。
Eternal Snow 4
「アスラン様、ヤマト家のご令嬢がお見えになりました」
執事長のアデスが、アスランの耳元で待ち人の来訪を告げた。
アスランはわかったと小さく頷いて、彼に持っていたグラスを手渡す。「申し訳ない」と断りを入れ、容姿と家柄にしか興味のない醜い女達の輪から抜け出すと、途端に背後から不満の声が上がった。
アスランは歪みそうになる顔を引き締めた。
これから、キラに会うというのに、不快な表情を見せるわけにはいかない。
――今日、アスランはキラに想いを告げると決心していたから。
玄関ホールへと足早に進みながら、簡単に身なりを整えて、深呼吸をした。
角を曲がると、吹き抜けの天井に豪奢なシャンデリアが吊るされたその場所に、アスランの待ち焦がれた人の姿があった。
ちょうど、脱いだ白いロングコートとバッグを使用人に手渡すその後ろ姿に声を掛ける。
「キラ……っ!!」
ようこそ、と続くはずだった言葉は、思いがけず、アスランの口から出ることはなかった。アスランは、振り向いたキラに目を奪われたのだ。
Aラインの、踝まで隠れてしまうビスチェタイプのロングドレスは淡いピンク色で、キラの白い肌にとても良く映えていた。胸元には華美ではない刺繍とピンクダイヤが散りばめられている。
首から下げられた真珠のネックレスも、清楚なキラには似合っていた。
美しい女神を髣髴とさせるその姿に、アスランは言葉を忘れた。
キラはアスランの姿を目にすると、グロスを塗った艶やかな唇が笑みを刻む。
「今日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
スカートの両端を掴み、軽く膝を折ってお辞儀をするキラを、アスランは呆然と眺めた。
「あの、アスラン……?」
キラは放心状態のアスランを不安そうに見上げ、首を傾げる。
「……これ、やっぱり似合わない、かな?」
その呟きで、アスランはハッと我に返った。
「ごめん、そんなことないよ。すごく似合ってる。キラが綺麗すぎて、その……つい、見蕩れた」
こんなときに『似合っている』とか『綺麗だ』とか、ありきたりな賛辞しか出てこない自分が歯痒い。
もっと気の利いた科白の一言でも言えないのかと腹が立ったが、「ありがとう」とキラが恥ずかしそうに笑みを浮かべるのを見てしまったら、もうどうでもよくなった。
きっと、どんなに美辞麗句を並べても、彼女の前では霞んでしまうだろう。
「それでは、キラ。会場までご案内します」
少しおどけたように言って、左手を差し出せば、キラもくすくすと笑いながら、肘の上まである白いレースの手袋に包まれた右手を重ねてきた。
初めて触れる、小さくて柔らかなキラの手。
手の平に伝わるその感触とぬくもりに、アスランの鼓動は高鳴った。
アプリリウス市のザラ家の別邸内にあるパーティホールは、大人数が収容できるスペースを確保しているが、今日は親族や親しい知人、友人だけを集めたパーティなので、会場内はそれほど混雑していない。そのせいか、普段では見せることのない優しい笑みを浮かべたアスランと、その彼にエスコートされた清楚な美少女の姿に会場内がざわめいた。
その瞬間、ピクッとキラの肩が震え、紫水晶の瞳が不安に揺れる。
アスランは大丈夫、とキラを宥めながら、会場内に両親の姿を探す。その姿は、意外にもあっさりと見つかった。
両親の許へキラをエスコートする途中、あちらこちらでキラの身分を詮索する声が聞こえ、アスランは嫌悪感に小さく舌打ちした。隣を歩くキラの、すっかり萎縮して俯く姿が痛々しくて、ほんの少し握る手に力を込めれば、俯いていた顔がアスランを見上げ、目を見開く。
少しでも安心させてあげたくて、震えるキラを守ってあげたくて、にっこりと微笑むと、キラは安堵したようにほぅっとため息をついた。
「父上、母上」
友人達に囲まれて、談笑していた両親を人垣の外から呼ぶ。
「あら、アスラン」
母・レノアの声を合図に人垣が割れ、モーセの十戒の名場面のように道ができた。
アスランはキラを連れて、両親に近寄った。
「ご紹介します。俺のルームメイトの妹君で、『オーブ・オリエンタル・リゾート』社長令嬢のキラ・ヤマトさんです」
周囲からどよめきが起こる。
ホテル王と名高いハルマ・ヤマトが、十六歳の誕生日まで公にすることがなかった至宝の存在。
名前や姿は知らなくても、その効果は絶大だった。
「はじめまして、キラ・ヤマトです。このたびはご招待いただきまして、ありがとうございます」
キラがアスランに挨拶したときと同じようにお辞儀をする間、レノアは「あらあら」と何度も口にした。レノアの隣に立つ父・パトリックも目を丸くしたものの、次の瞬間には脂が下がり、相好を崩した。
(……まるで変態親父のようですよ、父上)
パトリックの反応を見たアスランは、忌々しげに眉を顰めた。
パトリックがずっと娘を欲しがっていたことをアスランもレノアも知っていた。――それも、天使のように愛らしい娘だ。
しかし、レノアはアスランを産んだ後、子宮内膜症が悪化し、二人目を身篭ることが不可能だった。それに、例えレノア似の女の子が産まれたとしても、将来的には可愛らしさからは程遠くなることは決っている。
そこで、彼はアスランの妻になる相手にその条件を求めた。
そして、最初に白羽の矢が立ったのが、『ラクス・クライン』だった。――ただし、彼女の場合、外見上は天使だとしても、性格は悪魔だった。
その後、ラクス・クラインとも婚約話はアスランとの性格不一致で流れたが、今、パトリックの目の前にいる少女は、容姿も性格も家柄もパトリックの条件にぴったりと当て嵌まるのだ。
想いも伝えていない今、余計なことをして欲しくない、というのがアスランの心境だった。
「まぁ、カリダの旦那さんが目に入れても痛くないと言っていた娘さんね」
「母をご存知なんですか?」
「えぇ。カリダは私の親友ですもの。もっとも、高校を卒業してからは、お互いに忙しくて会う暇もなかったけれど。カリダは元気?」
「はい、無駄に元気です」
和やかなムードが漂う中、パトリックの一言がアスランを凍りつかせた。
「可愛らしいお嬢さんじゃないか。お前の恋人かな?」
来た、と思った。
アスランは期待に満ちた目で自分を見つめる両親から視線を逸らしながら、否定の言葉を口にしようとしたそのとき。
「え…ち、違います!」
キラに思いきり否定された。アスランは元より、両親もがっくりと項垂れる。
(そんなに力一杯、否定しなくても……)
両親の、非難するような視線を浴びて、アスランは居た堪れなくなった。
誰にも恥じる事のない自慢できる関係になりたい、とアスランこそが声高に叫びたいのに。
「アスラン、逃がしちゃ駄目よ」
「……はい」
ぼそりと呟かれた母の言葉にアスランは覇気のない返事をして、キラを連れて逃げるようにその場を離れた。
両親の攻撃をかわしたアスランは、次なる魔の手に戦慄した。
「キラッ」
前方から向かってくる三つの影がアスランとキラを見つけて、足早に近付いてきた。
「ラクス!」
アスラン以外の知り合いを見つけたせいか、キラに笑顔が戻る。
女の子らしく、両手を取り合って喜びを表現する二人にアスランはため息をついた。
「羨ましい――って顔してるぜ」
「ラクスに嫉妬するのは狭量すぎますよ、アスラン。相手は女の子なんですから」
「……ラスティ、ニコル」
わかっている。が、ラクスのように気軽に手を繋げないことが、かえってアスランの焦燥感を煽る。
「ま、お前は感情表現が苦手だし、姫はそういうのに鈍感っぽいし?」
「――ヒメ?」
誰のことだとラスティに問えば、ニコルがにこやかに答えた。
「キラさんのことですよ。なんか、キラさんってお姫様みたいじゃないですか」
ラスティが自分のネーミングセンスを自慢する傍らで、それを褒めるニコルの姿を眺めながら、アスランは意図せず周囲の人間を惹き付けるキラに益々焦りを感じていた。
知らずに顔を歪ませていたのだろう。アスランはラクスの声で我に返った。
「まぁまぁ、眉間に皺が寄っていますわよ、アスラン」
ふと顔を上げると、先ほどまでキラと談笑していたはずの、ピンクの髪を結い上げた少女の姿があった。――キラは現在、ニコル達と談笑している。
ミントグリーンのロングドレスはマーメードラインで、彼女のスタイルのよさを引き立たせてはいたが、キラを見たときほどの感動はなかった。
「……ラクス、貴女にはしてやられましたよ。彼女と知り合いどころか、ルームメイトだったとは」
やっと再会したキラが、ラクスのルームメイトだと知ったときの悔しさは半端ではなかった。少しくらい恨みがましい口調になってしまうのも仕方ない。
「あら、貴方達の再会をドラマティックに演出しただけですわ。だって『運命の人』なのでしょう、キラは?」
まだ覚えていたのか、とアスランは苦笑した。
あのとき、中々情報を教えてくれないラクスを執拗に問い詰めていたアスランは、なぜ、そんなに知りたいのか、と逆に問われ、思わず『彼女は俺の運命の人だからです』と口走ってしまった。
本音ではあるのだが、今思えば恥ずかしい発言だ。
「私、申しましたわ。『運命の相手ならば、再び出逢えるでしょう』と。そして、その通りになった。だから、お二人は運命の糸で結ばれていらっしゃいます」
「……ラクス、」
勇気を出して、と励まされて、感謝の言葉を口にしようとしたその瞬間、次に発したラクスの言葉がアスランを愕然とさせた。
「キラがどこの馬の骨とも知れない男性に攫われるのは、私、我慢なりませんの。そんな男性より、貴方のほうがまだマシかと思いまして」
あぁ、やはりラクスはラクスだった。
一瞬でも彼女の行動に良心があると思ってしまった自分を、アスランは呪いたくなった。
「頑張ってくださいませね、アスラン」
弾んだ声でそう言って、首を傾げるその姿を、他の誰かが可愛いと言っても、アスランだけは悪魔の化身としか思えない。
きっと、これからも遊ばれ続ける運命を悟ったアスランだった。
アスランは、焦っていた。
三人の悪友に邪魔されて、キラと二人きりになるチャンスがない。
キラの門限が十時だというから、アレの予定時間を九時に設定したというのに、無情にも時だけが流れていく。
そして、ついには我慢しきれなくなって、キラの腕を掴んだ。
「キラ、ちょっと来て」
「え、アスランッ。ちょっと――!?」
手にしていたグラスをラスティに押し付け、はやし立てる三人の声を無視して、アスランは強引にキラを会場から連れ出した。
足早に廊下を横切り、階段を上る。
キラはアスランの後ろを、小走りで付いてきた。
「アスラン、どこ行くの?」
「うん、ちょっと……」
アスランはパーティホールとは反対になる東側の角部屋のドアを開けて、キラを中に招き入れた。
「ここ……?」
「ここは、俺の部屋だよ」
無駄な飾りのない、落ち着いた基調の室内をぐるりと見渡すキラのあどけない表情に笑みを零して、アスランは徐に自分が羽織っていたタキシードの上着を彼女の肩に掛けた。
「キラ、こっちへ」
手を引いて月も星もない暗い夜空の広がるバルコニーへと誘い出し、ズボンのポケットにしまった懐中時計で時間を確認した。
「アスラン、何を……?」
「ごめんね、キラ。あと少しだけ待って」
進む秒針を見つめ、アスランはただ一人、カウントダウンした。
あと二十秒……十五秒……十秒……。
五……四……三……二……一……。
パッと光が灯る。
中央にあるもみの木を中心に、青白い電飾が庭全体に広がった。
花壇や生垣はもちろん、背の高い木々にも光のシャワーが流れ落ちる。
「わぁっ、すごーいっ」
身を乗り出して、庭を見下ろすキラの瞳が、光に反射してきらきらと輝く。その横顔を見ながら、アスランはキラの左手を握った。
「アスラン……?」
キラが振り返って、アスランを不思議そうに見上げた。
「キラに伝えたいことがあるんだ」
キラがコクンと頷く。
手に滲む汗が、アスランの緊張の度合いを表していた。
キラに会って、アスランの中の女性像が変わった。
もっとたくさん話がしたいと、キラをずっと探していた。
外見と肩書きにしか興味を示さない女性達を、あんなに軽蔑していたのが嘘のように、キラにはそんな気持ちさえ湧き上がらなかった。
もっとキラのことを知りたいと思った。
どうして、こんなにもキラのことが気になるんだろうと思っていた疑問は、キラと再会して、初めてわかった。
アスランは深く息を吸い込む。
「キラが好きだ」
伝えたいこと、伝えたい想いは、ただその一言に集約した。
どんなに言葉を飾っても、きっとキラを愛しいと思うこの気持ちは伝わらないと思ったから。
キラがヒュッと息を呑んで、目を丸くした。
みるみる潤んでいく紫水晶の瞳を、アスランはじっと見つめた。
「……も」
「ん?」
キラの眦から、涙が零れ落ちた。
「僕もアスランが……好き」
震える声で告げられて、アスランは思わずキラを抱き締めた。
「キラッ!」
アスランの腕の中でキラが嗚咽を上げる。
アスランはキラの顔を上げさせると濡れた頬を指で拭い、眦に唇を寄せて、溜まった涙を吸い取った。
「キラ……」
そうして、顔中にキスを落として、最後にキラの唇に口づけた。
その柔らかい感触に、アスランは陶酔した。
すると、不意に火照った頬に何かが触れて、アスランは唇を離した。
「……雪?」
手の平を広げれば、舞い落ちた雪の結晶が溶けて消える。
暫らくそれを眺めていたら、キラがくすくすと笑った。
「僕達、雪に縁があるみたいだね」
初めて出逢ったのは、雪の降る庭園だった。
再会したその日も、降り積もる雪を車窓から眺めた。
そして、今日も……。
「そうだね」
しんしんと舞い散る雪が、イルミネーションの青白い光に溶けて、幻想的な風景を醸し出す。
その光景を嬉しそうに見つめるキラの横顔に、アスランは見惚れた。
「キラ……キス、したい」
つい、そんな科白が飛び出して、アスラン自身が驚愕する。
アスランを振り仰いだキラも真っ赤になって、目を見開いて。
そして、小さく頷いてくれた。
幸せすぎて、怖い。
ずいぶん前に「この幸せを分けてあげたいよ」と誰かが言っていたけれど、これほどの幸せを他人に味わわせるなんて絶対に嫌だとアスランは思った。
アスランは細腰を抱き寄せる。キラがアスランの胸元に手を添えて、シャツをキュッと握り締めた。ゆっくりと顔を寄せると、キラは静かに瞼を閉じた。
小さく震える睫が、愛おしかった。
アスランは口元に笑みを刻み、万感の想いを込めて、再び唇を重ねた。
――ずっとずっと、好きだよ。
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■ プロフィール ■
HN:
神里 美羽
性別:
女性
趣味:
読書・カラオケ・妄想
自己紹介:
日々、アスキラとロク刹の妄想に精を出す腐女子です。
ロク刹は年の差カッポー好きの神里のツボを激しく突きまくりで、最早、瀕死状態。
アスキラはキラが可愛ければ何でもオッケーで、アスランはそんなキラを甘やかしてればいいと思います。
そんな私ですが、末永くお付き合いください。
ロク刹は年の差カッポー好きの神里のツボを激しく突きまくりで、最早、瀕死状態。
アスキラはキラが可愛ければ何でもオッケーで、アスランはそんなキラを甘やかしてればいいと思います。
そんな私ですが、末永くお付き合いください。
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