長い間、サイトを留守にしまして、申し訳ありませんでした。
このたび、長い迷走の旅から帰ってきまして、再び活動する予定です。
その間、たくさんの方から作品に対するコメントをいただきまして、大変感謝しております。
また、がんばりますので、応援よろしくおねがいします!
と、気持ちを新たにしたところで、新連載です。
今回は『子持ちニールと大学生せっちゃん』。
ニールと刹那以外の女性との間に子供がいてもいいわ、という方だけお読みください。
――運命のカミサマは、ときに残酷だ。
ニール・ディランディはいわゆる、大人の付き合いをしていた女のうちの一人で、予定外にも“できちゃった結婚”をするはめになった相手・理那(りな)に、年の離れた妹がいることは知っていた。ただ、遠く離れた全寮制の高校に通っていたこともあり、結婚式当日まで知り合う機会がなかった。
理那に対して不平不満があるわけではない。
彼女は賢いし、嫉妬や独占欲を剥き出しにして、ニールを束縛しようとはしない。結婚するのも世間体云々と言うよりは、一人の社会人としてきちんとけじめをつけるためで、そこに愛情がないことは二人とも承知していた。
愛情がなくても、二人の相性の良さならば、決して悪いようにはならないと思ったのだ。
ところが、どうだ――。
その、二人の晴れの日に、ニールは結婚相手の妹に一目惚れしてしまった。
意志の強そうな鮮やかな緋色の瞳と、何の感情さえ浮かべていない無表情な顔を呆然と見つめたまま、無神論者のニールはこのとき初めて神様を恨んだ。
My Sweet Home
ポーン、という音と共に、エレベータが目的の階に到着する。
時刻は九時を少し回ったところだ。ここ数日の激務に比べれば、いくらか早く帰宅できたと言える。
ニールはジャケットの内ポケットからカードキーを取り出し、カードリーダにかざして開錠すると、自宅の玄関ドアを潜った。
「ただいま」
甘く響く低音の声に応える者はいない。しかし、その代わりのように廊下の左側にある寝室から子守唄が聞こえた。
ニールは動くことさえ忘れて、透き通るような歌声に耳を澄ます。
切なくなるほど優しいそれは、仕事で疲れたニールの心を癒していった。
どのくらい、そうしていただろう。
やがて、歌声が止み、寝室のドアが静かに開いた。
歌声の主は玄関に無言で佇むニールに驚いて、瞳を見開く。
「……なんだ、帰ってたのか」
あの歌声からは想像もつかないほど、無愛想に声を掛けた彼女は、ここから電車で一駅先にある音楽大学の声楽学科に通う三回生だ。
名は――刹那・F・セイエイ。
クセのある黒髪と中東系によく見られる小麦色の肌、そして、意志の強そうな緋色の瞳を持つ美女は、ニールの肩ほども低く、全体的に華奢で、特に腰はほんの少し強く抱き締めれば折れてしまいそうなほど細い。そのせいか、豊満とまではいかないまでも質量感のあるバストが余計に強調されていた。
刹那はこの五年間――正確にはニールの結婚式以来、ずっとずっと忘れたことのない存在だった。
「悪い、驚かせちまったな」
ニールは誤魔化しようもない、とただ苦い笑いを浮かべた。
「あぁ、少しだけ……」
わずかに微笑む彼女に近付くと、その頭越しに寝室を覗き込む。
「カイルはもう寝たのか?」
「ぐっすり、な。もう夢の中だ」
フットライトが灯る部屋で、子供用ベッドの上だけがこんもりと小さな山を作っている。ニールはその山が規則正しく上下するのを確認して、静かにドアを閉めた。
「すぐに食事の仕度をするから、着替えてこい」
彼女の性格を知らない人間ならば、ぶっきらぼうに聞こえてしまう声色も、歌うことほど優しさを表現することが苦手なだけだとニールは知っている。だから、不快に思うこともなく了承すると、寝室と対面する書斎で濃紺のスーツからジーンズと白いシャツに着替えて、刹那のいるリビングに入った。
温め直した料理に舌鼓を打ちながら、その日のカイルの様子や託児施設からの連絡事項を聞くのは、二人の間での日課だ。
そうして、洗い物まで済ませた刹那はそのままニールたちの部屋を後にして、同じマンションの一つ下の階にある自分の部屋へと帰っていく。
もう少し一緒にいたいと言えるほど親しい関係ではないから、ニールはいつも黙って刹那を見送った。
「じゃあ、また明日」
「ああ、よろしくな」
パタン、と閉じた玄関のドアを見つめて、つい頭を掻きむしるとため息をひとつ。その直後、背後でドアが開いた。
「ぱぁぱー?」
今年で五歳になる我が子が、手の甲で眠たげに目を擦る姿があった。
「なんだ、カイル。起きちまったのか?」
小さな身体を抱き上げると、カイルはふぁと欠伸を漏らした。
「パパ、せっちゃんは?」
「さっき、帰ったとこだよ」
だから、もう一回寝ような、と優しく促して再び寝室へと戻る。カイルをベッドの上に横たえれば、彼の小さくて柔らかな手がニールの人差し指と中指を一緒に掴んだ。
ニールのミニチュア版と言っても過言ではない、そっくりな顔。唯一、似ていないのは瞳の色だけだった。
その色は、自分にも妻にも似ていない。
隔世遺伝で妻の母親から受け継いだ、澄んだガーネット。それは、いわばニールが心を寄せる刹那と、同じ色だったのだ。
セイエイ家の姉妹は血の繋がりがあるにも拘わらず、似ているところがあまりなかった。
長女の理那は父系の女性に多い、艶のある美人だったし、刹那は十数年前に亡くなった母親似のキリッとした美人で、出逢った頃こそまだあどけなさを残してはいたが、すでにその片鱗を窺わせていた。
刹那に出逢って、恋をして。理那と結婚したことを、当時のニールは早くも後悔し始めていた。
しかし、罪なき生命は妻の中で日に日に大きくなっていく。
そのうち、ニールは彼女と時間を共有することさえも苦痛となり、仕事を理由にして次第に家から足を遠退かせていった。
ところが、産まれてきた我が子は自分にそっくりで、やがて、パッチリと開いた瞳の色もニールが恋い焦がれる少女と同じ。カイルを産んだのは間違いなく理那であったが、その相貌はまるで刹那との間にできた子供のようで、ニールを喜ばせた。
不実な夫だという自覚のあったニールだったが、それは理那とて同じこと。
妊娠初期に悪阻が酷かったことを理由にして、家事は雇った家政婦に任せきりであったし――本当は綺麗に揃えられた長い爪を傷つけたくなかっただけ――、出産後も崩れかけた体型を戻すためにスポーツクラブやエステに通うのに一所懸命で、ベビーシッターに預けた子供を顧みることなどなかった。
何度か『子供には両親の、特に母親の愛情が必要だ』と説得したものの、後ろ暗い想いを抱えているニールが強気に出られるはずもなく、いつも話し合いは平行線を辿ったまま。
そうするうちに、カイルが一歳の誕生日を迎える頃、理那は夜の街で知り合った若い男と駆け落ちしたのだった。
そして、理那との正式な離婚を経て、移り住んできたこのマンションで、ニールは偶然にも元妻の妹と再会することになる。
「なぁ、カイル。刹那のこと、好きか?」
ニールの長い指を掴んで、嬉しそうにしている息子に何気なく問いかける。
「うん、だいすき! おうちにかえらないで、ずーっとカイルのそばにいてくれればいいのに」
あまりに予想通りの答えが返ってきて、ニールは苦笑する。
刹那に対するカイルの懐きようといったら、それはもうニールが思わず嫉妬してしまうほどで、ニールとカイルは刹那を挟んで、ある意味ライバルだった。
「そっか。……じゃあ、刹那に一緒に住もうってお願いしてみようか?」
「せっちゃんと……いっしょに……?」
大きな瞳が零れんばかりに見開かれ、本当にそんなことが可能なのかと問いかけてくる。ニールはそんな息子にニッコリと微笑んだ。
「刹那がカイルのママになってくれれば、な」
ずっと考えていたことだった。刹那と過ごす時間が増えるにつれて、どうしようもなく彼女を求める自分の心にニールは気付いていた。
このまま居心地のいい関係を壊したくないとも思ったけれど、手をこまねいているうちに見知らぬ男に刹那を奪われでもしたらと考えただけで居ても立ってもいられない。
しかし、カイルは悲しそうに目を伏せた。
「せっちゃん、カイルのママになってくれるかな……」
「大丈夫だよ、刹那だってカイルのことが大好きなんだから」
途端に不安に襲われたらしい子供の沈んだ声を宥めるが、ニールにも決して勝算があるわけではない。
ニールがいくら仕事で遅く帰宅しても、夕食が済むまで一緒にいてくれるし、数回会ったことのある彼女の友人といるよりも、ニールといるときのほうが格段に笑顔を見せてくれる。嫌われてはいない、むしろ好かれているとは思うものの、それがはたしてニールの抱く想いと同じなのかと問われれば、さすがのニールも自信がなかった。
純粋に甥のカイルを可愛がってはいても、ニールに対しては姉が行ってきた所業への罪滅ぼしかもしれないという思いを否定できない。
バツイチで子持ち、八歳の年の差に加えて、姉の元夫であった男に愛を告白されたら、刹那の胸中も複雑だろうということくらい想像しなくてもわかるものだ。
それでも、ニールは自分を鼓舞するように愛息に言い聞かせる。
「パパも頑張るから、その代わりカイルも協力してくれよ? 刹那がカイルのママになるってことは、刹那がパパと結婚してパパのお嫁さんになるってことなんだからな?」
「わかった! せっちゃんがパパのおよめさんになってくれるように、カイルもおうえんするっ」
男同士の約束だとカイルと二人、硬く手を握り合って、ニールは刹那に対する想いを新たにしたのだった。
ロク刹は年の差カッポー好きの神里のツボを激しく突きまくりで、最早、瀕死状態。
アスキラはキラが可愛ければ何でもオッケーで、アスランはそんなキラを甘やかしてればいいと思います。
そんな私ですが、末永くお付き合いください。